- 2010年7月25日 01:20
天橋立で毎年行われる「出船祭」に、今年やっと訪れることができました。今まで花火は見たことがあったけど、本質的な祭りのルーツに触れたことは恥ずかしながら一度もなく・・・。けど、そのルーツも私を含め、実際には伝わっていないことも多いのかもしれません。(写真は遠くから撮ったので見にくいです)

ロマンとなる根源を伝えていく
出船祭(でふねまつり)は、天橋立にある回転する橋「廻旋橋」から、阿蘇海(天橋立によって宮津湾と隔てられた内湾)側のあたりで繰り広げられる迫力あるお祭り。伝統的な宮津踊りや、1時間ほどに渡ってドラや太鼓の音が鳴り響き、その音に合わせて金銀の龍や巫女が舞う…時には爆竹や演出上の火花等を用いて見応えのある仕上がりになっています。
この祭は「3人寄れば文殊の知恵」で知られる文殊堂智恩寺の仏事行事でもあります。その由来は、その昔に付近を荒らしていた「悪龍」を鎮めようと、神々が中国から文殊菩薩をお招きになり、1000年に渡って説法をされ、改心させたという伝説…「久世戸縁起」にあるそうです。そして改心した龍は善龍となり、人々を守るようになった・・・と。
実際のお祭りでは水上に特設ステージが設置され、その上で巫女の姿となった文殊菩薩が龍を諭すようにしなやかに舞い続けます。

伝統行事には、必ずロマンとも言える根源が存在しますが、お祭りの場所でたこ焼きを食べながら、いちいちそんなことを気にするのは難しいです。けどひとたびその根源に触れたとき、深い感動を覚えることもあります。ですから、その根源はやはり味わえるほうがいいし、時には伝えていかなければいけません。
けどちょっとだけ悲しいのは、地元の代表的サイトにこのルーツとなる伝説が書かれておらず、催しの内容だけ書かれていたことです。新聞社さんのページでは、やっぱりちゃんと書いてありましたが。もちろん、教科書を与えて「理解しなさい」というような難しい伝え方では眠くなってしまうでしょうけど。
地元の方による素晴らしい「演」
あの、巫女の姿をした文殊菩薩様を演じておられる方は、かなり熟練された方なのでしょうか。舞の動きにぎこちなさがなく、継ぎ目がない、女性的でしなやかな舞いです。
また、2体の龍を激しく舞わせていた青年の方々。あれははたから見ると想像がつきませんが、おそらく相当な運動量かと思います。龍の頭側の人にはおそらくかなりの加重がかかっているでしょうし、後ろの方は縦横無尽に尻尾(と言うのか分からないが)を動かさないと躍動感が出ないから、全身全霊をかけて龍の体をくねらせているように見えました。
そして、太鼓や笛などの熱い演出。中には太鼓を先導するかのような重要なポジションに、相当にカッコいい女性の方がおられました。彼女から聞こえた掛け声はかなりの気合いを感じました。
私個人は素晴らしい祭りだと感じましたが、母が言うには去年よりもだいぶ人が少なかった、とのこと。理由はちょっと分かりませんが。
映像は、メインステージも花火も終わったあとに智恩寺の前で行われた龍舞の模様です。
瀕死の祭りを活性化する
財団法人地域活性化センターのホームページによると、天橋立の出船祭はかつて瀕死の危機にあったと書かれています。そういえばそんな事を聞いたことがあるような気も。「一時は、消滅の危機さえあった祭りが、いまや、京都丹後を代表する一大伝統祭事として多くの観光客を誘致するまでになるとは、当時の地元民は誰しも想像しなかったという。」
その経緯の具体的なことを私は知りませんが、おそらくは地元を愛する素晴らしい方々が旗揚げをし、伝統を重んじながらも現実を見据え、改革を進められたのだとお察しします。

形だけ継続することの無意味さ
ここからは若輩者の戯れ言ですが、先日も、物事を「形だけ継続することの無意味さ」をある人と語っていたところです。「これが伝統行事だから」と毎年同じことを繰り返すだけでは、文化を継承していくこと自体難しい時代にあります。全てを変えてしまうことはできないとしても、現代人のモチベーションを引き出すことの大切さを見失っていては本末転倒です。
上記のサイトに、形骸化した祭りを活性化しよう、と立ち上がったのは地元の青年たち…と書かれていました。逆に、やる気ある人とそうでない人の温度差についても話を耳にしたりします。私は綺麗な部分だけを切り取って伝えるのではなく、現実的なことにも目を背けたくないです。だって、実際にはその狭間で苦労している人がいるのだから。
伝統文化と現代社会の活性化、これらについて大切だと思うことが2つ。一つは「若い世代の人間が諸先輩方の作り上げた文化を深く理解する心を持つこと」そしてもう一つが「先輩方は、若い世代が何かをしようとする事に対し、暖かく見守る姿勢でいていただきたいこと」 これは壮大な理想ですが、すべての地域活動において必要なことでしょう。
文化的な活動は間違いなく薄れていますし、私自身、そういった伝統行事に全面的に興味を持てるかというと、そうではありません。 けど、今に生きる人たちの感動を呼び起こすことには、すごく興味があります。いかにして、魅力ある物事だということを伝えていくか、これからの自分にとって大きすぎる課題の一つです。敵対するのではなく、「諭す」ためには、大きな愛情が必要だと痛感します。
※最後に、予定が変わったため家族サービス優先したことを別件君にお詫びします。
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Comments:5
- でらヒグチ 2010年7月25日 06:51
一番上はCafe de pinからでしょうか?
午後7時、文殊堂で読経があり(ありと言うか、勿論毎年出席読経しておりますがw)、読経の終了を合図にドンドコ太鼓が鳴り始めます。昔は和尚さんがたも船に乗ってお経詠んだんですが、今はお堂だけになってます。
午後7時からの読経、本来はこっちがメインであるべく重要な部分なので、出来れば記事だけでも触れて欲しかったなぁ・・・と。でもそんなこときちんと告知されてないですもんね。
でもきっと気がつかれたとオモイマスが、昔は文殊堂から山門までの間、びっしり夜店が並んでました。いや、昔じゃなくて2〜3年前までですか・・・今年はビックリするくらい夜店が少なかったですね。
例年ならまだ梅雨の最後辺りで、ぐずぐずしてて、もう本当にうっとうしい天気の中の出船なんですが、昨日は近年にない珍しく、梅雨が明けてカラッと爽やかな出船だったのに、観光客の数もイマイチだったような・・・
因みに出船祭りの観光の部分が万が一無くなってしまっても、観光客が全くなくても、冒頭のお堂の読経はこれからも粛々と未来永劫営まれて行く事は間違いないですが・・あ、そうそう読経の前に舞の奉納もあります。舞われる方は地元の方ではないらしいのですが・・
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悠家
2010年7月26日 21:17
>寺ヒグチさん
昨日帰ったとき、コメント承認しようとしたら、与謝野町のネットワーク工事中で
アクセスできず(o_ _)oなるほど、勉強になりました。いや、読経についてはどこかの広告か何かに
書いてあったような気もします・・・気のせいかな。
お堂に僧侶の方々が集まっておられるのも見かけました。あの中におられたんですね。確かに、夜店がまばらで、そういう意味では寂しい気もしました。
人の量と何か比例する部分があるのか・・・不景気だから?
客がいなくても続く事こそ、実際には本質的だとは思います。
出船に限らず、そういう部分と、人の心に根付いて行く部分とがうまくリンクできたらなあと思います。-
悠家
2010年7月26日 21:18
あ、そうそう。cafe de pinからだとよく分かりましたね。
トリミングしてるのに(^o^子供がいたので、ちょっと落ち着ける場所を探していたら
あそこがあったので。- デラひぐち 2010年7月26日 23:40
5時半頃だっけ、丁度Cafe de pinでお茶してたんですよ。
篝火とステージの位置関係記憶通りだったもんで(笑)しかしその時間でもCafe de pin、余裕でお茶できましたよ。
あんな特等席やし、満員で入れなくても仕方ないのにね。-
悠家
2010年7月27日 22:09
なるほど!でも確かに、私などは7時半くらいに入ってるのに、
まだ少し席が空いてました。
ああいうお祭りのときには逆に穴場になるのか?それにしても、本当に素敵な場所でございます。Cafe de pinさん。